『自粛警察』『正義感』が最近取りざたされていますが、ずいぶん前に読んだ朝日新聞の「折々の言葉」に、時の総理大臣だった竹下登氏が石破氏に「正しいことを言うときには、その言葉で傷つく人もあることに、思いを致して発言しなさい」というような内容がありました■例えば『食える仕事・食えない仕事』という本を書いた人、警鐘の意味で書いたとしても、食えない仕事の当事者は傷つきます。将来をはかなんでしまします。すぐに転職するわけにもいかず、悶々として過ごすことになります■何を隠そう、新聞配達少年から新聞社の子会社、そして島の小さな新聞販売所で糧を得て来た自分も「新聞なんて、もうだめだ!」と何千回思ってきたことでしょうか。でも、新聞の朝の業務を終えて、新聞を広げて涙することも多々あります。記事や投書との偶然の出会い。その文章との出会いが、まるで必然だったのではないかと、思うこともままあります■しかしながら、時代の流れの中に「紙としての新聞」は必要とされなくなるでしょう。私がなすべきことは「新聞の宅配の最期の日まで、新聞を届け続けること」。今、思っていることです。