
丁度一年前、2023年11月4日は土曜日、三次中学校の2年遅れの還暦同窓会、オイラ事務局を買って出たけど・・・約120名の同級生、10人は故人になり、たぶん90名くらいには案内状を届けることができたと思う、もう記憶があいまい、参加者は40名くらいだったかな?オイラがイメージしたのとは全然違ってて・・・一体感を感じられなくて、悲しかった。
思い出したくないけど・・・心のふるさとは、あの三次盆地にある。「来週の11月10日は、お母さんの命日が12日だから、作木の本家に墓参りに行きますよ」って女房。ありがたいことです。手帳を見ると、2005年11月12日・・・そうそう、その日の朝、福山東インターで、会社の旅行で広島からのバスが順々に社員を乗せて、オイラが乗った時に、叔父から携帯電話に「おかあさん、なくなった、大阪から連絡が入った」とのこと。最高権力者GTOに「確定ではないですが、母親が亡くったとの連絡がありましたので、旅行に行かずに、これから大阪へ参ります」と連絡して・・・兄の車で大阪へ、葬儀社で遺体を確認して、GTOに「やはりなくなっておりました、数日お休みをいただきます」と。79歳、女を生きた。だからあまり思い出は多くない。今でも覚えているのは小学3年生の時「女三界に家無し」とオイラに言った。=《「三界」は仏語で、欲界・色界・無色界、すなわち全世界のこと》女は幼少のときは親に、嫁に行ってからは夫に、老いては子供に従うものだから、広い世界のどこにも身を落ち着ける場所がない。臥薪嘗胆幾星霜!という言葉を贈りたい。
母の両親の家で中学・高校を過ごした。同級生の女の子が「うちのお母さんが、あんたのお母さんはキレイな人やった」と言ってた、と言ってくれたことがある。確かに昔の写真を見ると、ハニートラップを仕掛けそうな顔をしている。お浄土でも・・・きっと波乱万丈だろうと思う。