お好みのある風景

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今朝、RCCラジオの一文字弥太郎の番組で、柏村武昭(三次高校OB)がオタフクソース『お好みのある風景』の話をしていた。42年前、三次高校から帰り、南畑敷町の高校から居候していた三次町の祖父母の家までの帰途、おばさんが焼いているお好み屋さんがあって、新聞配達で少々小遣いはあったので、『お好みうどんトリプルの肉玉』を、よく一緒に帰っていたタカヨシちゃんと食った。受験も迫った高校3年生のある日、ちょうどプロ野球ドラフト会議のテレビ放送をやっていた。突然入って来た他校の高校生が、お好み屋のおばさんに「おばさん、わしゃショックじゃったんよ!わし日本国籍じゃなかったんよ!」と話しているのを聞いた。「そうようなこともあるわいね!じゃけど、あんたはあんたじゃけ、これまでもこれからも・・・」と諭していた。大学を中退して、21歳の頃は宇品営業所勤務、裏手のビルの1階に夫婦で焼いているお好み屋さんがあって、週に3回は晩御飯は『お好みそばWの肉玉』と生ビール・・・グングン太った。よく会社の理不尽な話=愚痴を聞いてもらった。27歳東広島ニュータウンは二軒隣りがお好み焼き屋さん、女房が島に帰った夜は決まってお好み焼き。福山時代10年間、三次の墓参りに行く途中、三次市塩町『いまちゃん』が楽しみだった。10年前からは島のお好み焼き、毎月、集金の時、お好みそばの肉玉を2枚お持ち帰り。コロナでお持ち帰りじゃ・・・サエン!鉄板のお好み焼きを、ヘラで切りながら食べるのが最高!じゃろ!?